あっ、手が落ちている

先日、朝の通勤の途中、南海電鉄天下茶屋駅で電車を降りると、ホームにある赤いものが目に入った。

近づいてみると、それは手袋だった。

通勤・通学客の誰かが落としたのだろう。

 

それを見て、昔のことを思い出した。

岡山でのサラリーマン時代、私は後輩の女性社員と出かけることになり、私が車を運転し彼女は助手席に座った。

どこにでもあるような交差点に差し掛かったとき、彼女が突然「あっ、手が落ちている」と言った。

何事かと思って外を見ると、手袋が道路の端に落ちていた。

別の日には「あっ、足が落ちている」と言い、見ると靴が落ちていた。

何でもないような言葉だが、私は「なんて感性が豊かなんだろう」と思った。

普通の人は道路に落ちている手袋や靴を見ても何とも思わないし、ましてやそんな言葉を発したりはしない。

彼女の感性は仕事にも生かされ、時に、ほかの人ではまねできないような仕事をこともなげにやってのけた。

 

「何をやっているんですか」

天下茶屋駅のホームでしゃがんでいる私に背後から声が掛かった。

驚いて振り向くと駅員が立っていた。

「いや、落ちている手袋を撮っているだけなんですが」

「これはお客さんのものじゃないんですね」

「はい。私のじゃありません」

駅員は手袋を拾い上げ、事務室に持っていった。

落ちていた手は、持ち主の元に帰り、本物の手を温めることができただろうか。

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天下茶屋駅のホームに落ちていた赤い手袋