
勤務先のマンションの近くにバス停がある。
いや、あったというべきだ。
10月に近鉄バスが路線を見直し、そのバス停に停車するバスはなくなり、バス停も廃止になった。
そこでバスに乗り降りする人は少なかったが、車や自転車に乗れないお年寄りの大切な足だった。
少し前、バス停廃止の貼り紙を見て、高齢の女性が「病院へどないして行ったらえんやろ」と言っていた。
バス停は廃止されたが、看板は今も立っている。
そこにバスが止まることはなく、残ったのは形だけになった。


勤務先のマンションの近くにバス停がある。
いや、あったというべきだ。
10月に近鉄バスが路線を見直し、そのバス停に停車するバスはなくなり、バス停も廃止になった。
そこでバスに乗り降りする人は少なかったが、車や自転車に乗れないお年寄りの大切な足だった。
少し前、バス停廃止の貼り紙を見て、高齢の女性が「病院へどないして行ったらえんやろ」と言っていた。
バス停は廃止されたが、看板は今も立っている。
そこにバスが止まることはなく、残ったのは形だけになった。



きのうの午後、阪堺電車の今池駅へ行く前に、松乃木大明神に寄った。
松乃木大明神の祠の屋根を見ると、ざいちゃんが丸くなって眠っていた。
屋根の下には、やんちゃんがいた。
この二匹の猫は事あるごとにけんかをしていたが、ざんちゃんが少し大人になって、折り合いがついているようだ。
仲良く場所を分け合って雨宿りする猫を見て、ちょっと安心した。


きょうの午後、窓を開けて外を見たら、本降りの雨だった。
それを見て、「チン電だな」と思い、いつもの阪堺電車の今池駅へ行った。
雨に濡れるチン電は味があった。


きのうの仕事が終わり、いつもの道を歩いて帰った。
ふと「シジミチョウが撮りたいな」と思い、地下鉄の長田駅に近い公園へ行った。
園内は草が伸びていて、歩くのが大変なくらいだった。
花は少なく、シジミチョウの姿はなかった。
仕方なく、公園を出ると、ハチかアブかよくわからない大きな虫が飛んで来た。
その虫は花の近くでホバリングを始めた。
あたりは薄暗く、その様子が撮れるとは思えなかったが、とりあえずカメラを向けた。
すると、花が風に揺れ、背後の建物の明かりが写り込む中で、虫が止まっているように見え、夕刻のホバリングをゲットすることができた。
やってみるもんだなと思った。

きのうの仕事帰り、地下鉄の長田駅に近い高速道路の立体交差下に差し掛かったとき、西の空を見ると、きれいに染まっていた。
「これはあそこしかない」と思い、立体交差の南西側へ行った。
そこまでに信号が変わるのを2回待ったため時間がかかり、着いたときには空が色を失っていた。
「こりゃ、マジックアワーに期待するしかないな」と腹をくくり、三脚を立てて待った。
すると…。
日の入りの時刻を過ぎてしばらくすると、西の空の底が赤く染まり始めた。
その後、上空の雲も染まり、なかなかの光景を目にすることができた。
きのうの朝まで3日連続であべのハルカスと雲の絡みを狙い、思ったようには染まらない雲ばかり見た。
それだけに、きのうの夕方は胸がすく思いがして、「雲はこうでなくちゃ」と思った。






きのうの朝、出勤の途中で職場に近いマンションの敷地を歩いた。
晴れ渡った空から朝日が降り注いでいた。
ふと脇の植え込みを見ると、赤い彼岸花が咲いていた。
その花の赤はくすんでいて、「もう終わりだよ」と言っているかのようだった。
彼岸が過ぎ、盛りも過ぎた彼岸花だった。



けさ、高速道路の高架下からあべのハルカスを見上げた。
赤い空と黒い雲の取り合わせがなかなかだったが、日の出の時刻の前に平板な光景になった。
早々に見切りをつけて、松乃木大明神へ向かった。
鳥居をくぐって、松乃木大明神の祠を見ると、やんちゃんが供物を置く場所に座っていた。
その姿は祠に祭られている御神体のようだった
夏場は祠にいる猫を見かけることが少なく、供物を置く場所にいることはほとんどない。
けさのやんちゃんを見て、「久々の御神体のお出ましだな」と思い、逃げないうちにとすぐに撮影を始めた。
