よみがえる豊臣の威光

きのうの夕方の大阪城天守閣方面

きのうの仕事帰りに大阪城公園へ行き、大阪城天守閣を見上げた。

夕日を撮ろうと思っていたのだが、勤務先のマンションを出たのが遅く、着いたのは夕日が姿を隠したあとだった。

 

そうなると、狙いは天守閣と夕焼けの絡みの一点になる。

しかし、西の空に染まりそうな雲はなく、鮮やかな夕焼けは期待できそうになかった。

暑さも厳しく、「西成まで帰って一杯やるか」と思ったが、「ここで大した成果が挙がらず、雲がなくてはと嘆くのも一興だな」と、染まらない空を眺めることにした。

すると…。

 

日が沈んでから、天守閣の背後に光芒が現れた。

大阪城が光を四方に放っているように見えた。

大阪城は言わずと知れた豊臣秀吉の築城で、戦国の覇者である豊臣家の象徴だといっていい。

光芒を背景にした大阪城を見て、「よみがえる豊臣の威光だな」と思った。

スタンバイしたのは日の入りの時刻(きのうは午後6時42分)の30分ほど前だった。夕日の姿はすでになく、天守閣のそばに漂っていた雲もすぐになくなってしまった

空が少し赤く染まった。「雲がない状況なら、こんなもんだろう」と思っていたが…

天守閣の背後に光芒が現れた

時間が経過するにつれて、光芒が天守閣の右側に集まるようになった

きのうは光芒以外にも、「こんなこともあるんだな」と思うようなものを目にした。

光芒が現れる前に、南の空の雲が鮮やかな赤に変わった。夕日が沈んでいった天守閣方面とは別の方角でも空が染まった。日本の各地に豊臣の威光が及んだかのようだった

三日月が西の空に浮かんでいたので、天守閣と絡む場所へ移動した。三日月といえば、戦国の雄の一人である伊達政宗のかぶとの前立てとして知られる。伊達政宗が豊臣の天下を狙っているのかもしれない

きのうの三日月。厳密にいうと、きのうは旧暦の7月4日なので、三日月ではないが