2021-01-04 思い出はモノクロームその5 「嘆きの壁」は続くよどこまでも 嘆きの壁の上から見た飛田新地 私が住んでいるマンションから南に数分歩くと、大阪一の遊郭である「飛田新地」に着く。 その東の端に「嘆きの壁」と呼ばれる場所がある。 かつて飛田遊郭を外の世界から切り離した壁だというが、壁というより小さな崖だ。 調べてみると、この崖は「上町(うえまち)断層」という名で、高台は上町台地と呼ばれているらしい。 ということで、嘆きの壁は飛田新地から南北に延々と続いている。 「嘆きの壁は続くよどこまでも」といったところだ。 とりあえず、北に向かって嘆きの壁の続きを歩いてみた。 飛田新地の嘆きの壁。高さは4メートルほどか。かつては壁の向こうも雑然とした街だったというが、今は高層マンションが林立している。なんとなく壁のこちらと向こうで、住む世界が違うようなイメージになっている 嘆きの壁の中央部に、大きな時計と休憩所が設置されている。私もここで休んだことがあるが、日常的な空間ではないだけに、ここではさまざまな思いが去来する気がする 少し北に行って商店街の入り口を過ぎると、壁が低くなる。そこに「天龍大神」という小さな神社が立っている 中村食堂の脇を東に行ったところは、この辺りでは段差が最も大きい。階段が二層構造になっていて、これは上部で48段ある 下部は16段 私が住んでいるマンションの東にも断層が走っている。ここにも二層構造の階段がある。これは下部で32段 上部は湾曲した階段で15段ある。上りきったところに大阪市立大学医学部付属病院の近代的なビルが立っている