けさ、履中天皇陵へ行った帰り、ふと道路の脇を見ると「SHImAnO」の看板が目に入った。
もしやと思って調べたら、やはりスポーツ自転車部品の世界最大手「シマノ」の本社だった。
シマノとの思わぬ出合いで、昔を思い出し、心が躍った。
私は中学1年の夏から高校を卒業するまで自転車マニアだった。
「サイクルスポーツ」という雑誌を毎月購入し、「こんな部品で自転車を作って乗りたいな」と毎日のように考えていた。
そのころの自転車部品といえば、イタリアの「カンパニョロ」が最高級とされていて、シマノの部品は普及品の域を出なかった。
しかし、日本のメーカーの企業努力はさすがで、シマノはやがて「デュラエース」という名のコンポーネントを開発し、カンパニョロを猛追し、追い越した。
高校生のとき、私はロードレーサーを買う金はなかったが、雑誌で見たデュラエースのブレーキがどうしてもほしくなり、単体で買った。
1万数千円したと記憶している。
装着する自転車がなかったので、時々ブレーキを手に取って眺め、「これを付けられるロードレーサーをいつか買うぞ」と思っていた。
ただ、社会人になり多少なりとも金が自由に使えるようになったとき、購入したのはカンパニョロの部品をフル装備したロードレーサーだったが。
最近、街中をロードレーサーで疾走する人が多くなった。
部品はさまざまなランクがあるとはいえ、大半がシマノだ。
シマノの本社を見て、「ようし、俺もいつかシマノのデュラエースを装着したロードレーサーを買うぞ。そのためにも稼ぐぞ」と気合を入れた。